プロジェクトストーリー
PROJECT STORY
止めてはいけない巨大システムを、チームの力で未来へつなぐ。
製鉄所システムリフレッシュ

プロジェクトの概要
- JFEスチールの製鉄所(西日本製鉄所倉敷地区)操業を止めずに基幹システムを刷新する
- 柔軟で持続可能な環境を整え、安定操業とスマートな働き方を実現する
工夫した点
- 膨大な数のIT資源を7つのグループに分け、正確かつスピーディに移行
- 従来の開発方法にとらわれず、発想を切り替えてスケジュールを遵守
- 離れた拠点間(東京 - 倉敷)をつなぐ密なコミュニケーション
プロジェクトの成果
- 製鉄所操業を止めず、スケジュール通り基幹システムの刷新に成功
- 基盤構築や課題解決の進め方、実践的なリスク対応など多くのノウハウを蓄積
- システム刷新のみならず人材育成にも寄与
40年以上にわたり製鉄所の操業を支えてきた巨大システムを、止めることなく刷新する。西日本製鉄所倉敷地区システムリフレッシュプロジェクトは、将来を見据えた基盤づくりに挑む長期案件でした。この一大プロジェクトに関わった3名が、現場での工夫と成長を語ります。
プロジェクトメンバー
Project Members

鉄鋼事業本部
H.K.
2009年入社
倉敷・千葉の両拠点で製鋼・鋼材系システムを中心に業務経験を積む。複数グループのリーダーとしてマネジメントと推進を担った。

鉄鋼事業本部
Y.I.
2009年入社
倉敷事業所にて、製鉄所システムの基盤領域を担当。サーバーやOS、ミドルウェアなど基盤全体の設計・構築・運用を担い、全グループを横断してリフレッシュ後のシステムが安定稼働するよう先導した。

鉄鋼事業本部
N.S.
2019年入社
製鋼系システムの開発・保守を担当。若手中心チームのテスト推進を担い、品質とスケジュールの両立に挑戦した。
止められない現場を、
どうスマートに
変えていくか
事業部について、また今回のプロジェクトについて教えてください。

Y.I.
私たちが所属している倉敷システム開発部は、JFEスチール西日本製鉄所倉敷地区の操業を支えるシステムを担っている事業部です。製鋼・鋼材・物流といった製鉄所の中核業務に関わるシステムの開発・保守に加え、サーバーやOS、ミドルウェアといったシステム基盤全体の設計・構築・運用も担当しています。


N.S.
製鉄所は24時間365日止まることなく稼働しています。一度停止すると莫大な時間とコストがかかるため、システムを止めることは許されません。仮に止まってしまった場合、大規模な損失となる可能性もあります。そのため、システムには高い安定性と信頼性が求められます。一方で、今回のようなシステムリフレッシュでは、新しい技術を取り入れながら将来を見据えた基盤づくりにも挑戦しています。

H.K.
今回のプロジェクトは、西日本製鉄所倉敷地区で40年以上にわたって基幹業務を支えてきた大型システムが、メーカーの保守撤退をきっかけに刷新を迫られたことから始まりました。製鉄所の操業を支えるプログラムや画面、帳票、インターフェースといった膨大な資産を引き継ぎながら、最新技術を活用し、よりスマートな働き方へと変えていくためのシステム移行プロジェクトです。特定のメーカーに依存しない形で、将来的にも使い続けられる柔軟なシステム基盤へと移行することを目指しました。
それぞれの役割を教えてください。

H.K.
今回のプロジェクトでは全7グループに分割して推進しました。その中で私はグループ1と7のリーダーを務めました。このプロジェクトの要となるグループ1では、システムの移行手法やテスト方針といった「進め方そのもの」を確立することに注力し、その後、後続のグループ2~7へ展開する形で進行していきました。

Y.I.
私はサーバー、OS、ミドルウェアなど、システムが動く「土台」となる基盤全体を担当していました。そのため、すべてのグループと関わりながら仕事を進める立場でした。アプリケーションの担当チームは倉敷にあり、システム基盤の担当チームは倉敷・東京の2拠点にあるという状況下で、各地のチームをつなぎ、約120台のサーバー環境の構築・移行を推進。各グループの課題を次に持ち越さないよう整理・解決し、リフレッシュ後のシステムが安定稼働するよう先導しました。

N.S.
私は主に、H.K.さんのもとでテスト工程の推進を担当していました。このプロジェクトは、複数のグループの工程が重なり合う非常に厳しいスケジュールだったため、「すべてをテストする」ことは現実的ではありませんでした。そこで考え方を変え、段階的に品質と効率のバランスを高めていきました。若手中心のチームで不安もありましたが、限られた期間とリソースを踏まえ、重点を見極めながら工程を進める役割を担いました。
数千万個にも及ぶ
「資産」を、正確に
スピーディに
移行させる
今回のプロジェクトの課題は、どのようなものでしたか。

H.K.
システム移行は、いわば「お引っ越し」で新しいプラットフォーム上でもこれまで通り動くという明確なゴールがありました。最大の課題は、案件規模とスケジュールですね。具体的には、約5年にわたり、数千万個にも及ぶ「資産」を7つのグループで、同時並行で移行する必要がありました。「資産」とはシステム開発におけるハードウェアやソフトウェア、データや素材等のIT資源の総称です。まずは「資産」を整理し、進め方を定めるところからのスタートでしたね。

N.S.
私が担当するテスト工程の課題としては、今動いている仕組みと新しい環境で動かす仕組みを比較するために、システムの知識だけでなく業務の理解も必要でした。最初は正直分からないことばかりだったので、詳しい方を探して時間をもらって、一つずつ理解していく。その積み重ねでした。


Y.I.
基盤チームの視点では、倉敷と東京という拠点が離れている中でどう連携するかが大きな課題でした。遠隔地同士で密に連携しながら、各グループの移行スケジュールに確実に間に合わせる必要がありました。さらに、基盤チームは全グループに関わる立場です。どこかで一つ課題を残してしまうと、後続のグループすべてに影響が出てしまう。スピード感を持って課題を解決し、次に持ち越さないことが求められていました。
その課題に対して、どのような工夫をされたのでしょうか?

H.K.
まず大きかったのは、発想を切り替えたことです。今回のプロジェクトでは、従来の開発とは異なる2つの判断をしました。一つ目は、システムのソースコードを新規に作り直すのではなく、機械による変換を前提にしたこと。二つ目は、通常行う網羅的なテストではなく、機械変換結果の検証に特化するという考え方です。つまり、すべての影響範囲を網羅したテストではなく、機械変換の結果生じる影響範囲にテスト内容を特化したということです。業務運用は現行維持を基本とし、現新比較で完全一致を求める範囲を絞りながら、障害が発生した時には、まずシステムを変えることなく運用上の工夫で対応できるかを優先する方針を共有しました。その上で、机上・実機での移行シミュレーションや障害対応リハーサルを計71回実施し、万全の準備を整えました。

N.S.
テストの現場では、H.K.さんのおっしゃる方針をどう実行するかがポイントでした。「すべてをテストする」のではなく、「機械変換結果の妥当性に集中する」という考え方に切り替えるために、先行グループで出た障害パターンを分析し、後続グループに横展開していきました。先行チームからのパターンをもとにグループごとに戦略を立て、徐々に効率と品質を高めることができました。若手主体のチームだったので不安もありましたが、ベテランの先輩にフォローしてもらいながら知識を吸収し、「この範囲はテストを省略できる」という判断ができるようになったことは、大きな学びでした。何より、「スケジュールを守って次のグループにつなげる」という意識が、チーム全体を支えていたと思います。

Y.I.
基盤チームでは、仕組みでチーム間の連携を支えることを意識しました。定例会議を細かく設け、ツールを用いてタスクや課題を可視化。遠隔地同士でも状況が分かる状態を作りました。本番移行時には、東京のメンバーが倉敷に入り、さらに24時間常時倉敷と東京をリモート会議で接続する体制を敷くなど、状況に応じて現地とリモートを組み合わせました。その結果、大きな遅延なく各グループの移行を進めることができました。この規模のプロジェクトを、拠点をまたいだチームでやり切れたこと自体が、大きな成果だったと感じています。
緊張感の先にあった
「やり切った」実感
やり遂げた時の気持ちは、いかがでしたか?

H.K.
最後に担当したグループ7まで無事に完了した時は、「ようやくここまで来た」という安堵と達成感がありました。品質面では、グループ1で確立した手法がしっかり機能したと感じています。手法確立と改善を目的としたグループ1〜4、効率化を進めたグループ5〜7と、進めるごとに移行後の障害発生密度は段階的に減少していきました。結果として、プロジェクト進行の妨げとなる重大障害0件で無事に完遂できたことは、大きな成果だと思っています。

Y.I.
私も、最後のグループが終わるまでは常に緊張感がありました。特に序盤のグループでは、倉敷と東京の連携が十分に取れず、課題対応が後手に回る場面もありました。ただ、プロジェクトが進むにつれてコミュニケーションが徐々に円滑になり、課題の共有や解決スピードも上がっていきましたね。最終的には、すべてのグループで予定期間内に基盤構築と課題対応を完了できました。無事にプロジェクトを走り切れたことに対する安堵感と同時に、「やり切った」という達成感も強く残っています。

N.S.
後続グループになるほど、効率化による厳しいスケジュールと、より高い品質要求が求められる状況でした。それでも、若手中心のチームで知識を引き継ぎながら、約5年間にわたるプロジェクトを最後までやり遂げられたことは、貴重な経験で大きな財産になりました。

社内外への影響について、教えてください。

H.K.
社外的な反響は想像以上に大きかったですね。本プロジェクトの取り組みは、雑誌やWebサイトなどでも数多く取り上げていただきました。また、「今回のプロジェクトのノウハウを知りたい」というお問い合わせも多く寄せられています。こうした反応を見ると、国内屈指の大規模刷新プロジェクトを、成功させることができたのではないかと感じています。

Y.I.
社内的にも、このプロジェクトは非常に価値のある事例になったと思います。今回のような巨大プロジェクトを、在宅勤務やリモートを含めた体制で、離れた拠点同士が連携しながらやり遂げられたことは、今後のプロジェクト推進においても大きな指針になります。基盤構築や課題解決の進め方など、多くのノウハウが蓄積できた点も大きな成果ですね。

N.S.
本プロジェクトで特徴的だったのは、不具合が発生した際に「いかに業務運用でしのげるか」という視点を重視した点だと思います。システムを完璧にすることだけでなく、操業を止めない、業務を継続させることを最優先に考える。この実践的なリスク対応の考え方は、今後のプロジェクトでも確実に活きてくると感じています。
経験を、
次の現場へつなぐ
ご自身が一番成長したと感じる点を教えてください。

H.K.
これだけ大規模なプロジェクトだったので、お客様、社内、パートナー企業など、関係者は本当に多岐にわたっていました。多くの関係者と連携しながら完遂できたことで、組織として支え合う力の大きさを実感しました。

N.S.
わからないことがあった時に、考え込むのではなく、まず動いて聞いてみる。その姿勢が身についたと思います。質問する時も、自分なりの考えを持って聞きにいく。その繰り返しで、知識が少しずつ積み重なり、成長につながっていきました。

Y.I.
リモート環境でも、これだけ大きな仕事をやり切れるという自信がつきました。
場所に関係なく信頼して仕事を任せ、連携しながら進められる。そうした働き方ができることを実感できたのは、大きな成長だったと思います。
このプロジェクトを経て、今後どのようなことに挑戦していきたいですか?

H.K.
今回のプロジェクトでは、システム刷新そのものだけでなく、人材育成も意識して体制を組んできました。各グループのリーダーの下には、若手や中堅メンバーを配置し、実践を通じて経験を積んでもらっています。実際、今では事業所を支える存在として活躍しているメンバーも多く、大きな手応えを感じています。今後は、こうした次世代を担う人材がさらに活躍できる環境を整え、次の大規模案件でも力を発揮してもらえるような体制づくりを進めていきたいですね。

Y.I.
倉敷では、今後も大きなプロジェクトが控えています。今回のプロジェクトで得られたものは基盤構築のノウハウだけでなく、「人と人をどうつなげながら仕事を進めるか」という経験でした。拠点や立場が違っても情報を共有し、役割を整理すれば、大規模な案件でも前に進めることができる。その実感を次のプロジェクトにも活かしていきたいです。ノウハウの横展開や次世代メンバーの育成にも、これまで以上に力を入れていきたいと思っています。

N.S.
今回の経験で、効率化の考え方や、リスクにどう向き合うかといった実践的な知見を多く学びました。今後も、ベテランの方々が持つ知識をしっかり吸収しながら、それを若手にも伝えていく役割を担っていきたいと考えています。チーム全体で確実にプロジェクトを推進できるよう、これまでの経験を最大限活かしていきたいですね。

※所属や内容は、取材当時のものです。

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